「 いや、それ止めれねぇよ 」 第2弾です。
これを見た瞬間、距離を取ろうと立ち止まって構えようとしたんですが
後ろにいた男性にぶつかりそうになりました。
駐輪は勿論、人間も急には止まれません。
すみませんでした。
ここまで掃除機をかけようという心意気は、尊敬以外ありません。
私は片付けるのが非常に苦手です。
得意だと思っていたので、割とショックでした。
故に忙しい時などは、全てが出しっぱなし後、放置となります。
掃除機をかける前に掃除機を掃除。
何かをするのにハードルがあると、大抵その何かまでたどり着けません。
片づけをしていると、出てきた漫画やアルバムに気を取られ夜を迎えます。
今日こそは、色々なデータ処理をしながら、掃除でもしようかと思いましたが
前の撮影帰りのスナップを、色々と思い出しながら弄っている本日です。
こんな時もありました。
まだ初々しくて体力もあり、全てが新鮮に見え
腕一本でのし上がってやろうと、ピノキオを超える鼻を携えていた時期です。
何でもできると勘違いできた日々は幸せでした。
目の奥に希望の炎を宿し、経験は乏しかったけど
屁理屈と言い訳だけは一人前の、心は純粋無垢な今から見ると青年でした。
人材は己のみ、手元にカメラは一台、レンズは二本でした。
標識に回顧されるとは、この赤信号で止まるまで思いもしませんでした。
止まってみる事も大切な事かもしれません。
一応、写真は車用の標識です。
重量物の移動は、私はできる限りしません。
手や腰を怪我したくないので、できる限り重量物は避けます。
ポイ捨てしたのは、いつの時代でしょう。
小学校の頃、駄菓子の包み紙でもゴミ箱へ、
ポイ捨ての記憶はありません。
親の教育には感謝しかありません。
まぁ残念です。
この狭い隙間に、想像し辛い程の重たいものを投げ込む。
なんかいろんなことが信じられませんでした。
最近、子どもとトムとジェリーを見たからでしょうか。
なるほど、ここからね。
「 そんな訳ねぇだろ! 」と言われそうですが
ブラブラしながら被写体を探していると、本当に何でも素直に受け取ってしまいます。
他の人なら絶対に立ち止まらないようなところで撮っていたのですが
そんな自分がなぜか誇らしいです。
最初は変わった空間だなあと思ってたんですが
ふと1匹のスズメがちょこんと、そうしていると2匹目もちょこちょこ
3匹目は右奥からちょこちょこと歩いてきました。
家族か、仲間か、はたまた知り合いなのかと思ったんですが
特にそうではなく、ある一定の距離を保ちつつ、各々ひなたぼっこし始めてました。
この距離感が、きっと彼らの疲れない間合いなのでしょう。
卵が先か、鶏が先かというお話があります。
生まれたのが卵が先なら、鶏はすでに居たのか?
鶏が先なら、その鶏は誰の卵から生まれたのか?
そういったパラドックスのお話です。
左の隙間は奥にも棚があり、1センチあるかないかです。
右の奥の隙間は、ギリギリ指が入る感じです。
奥行きもあると思うんですが、手前に斜めにすると奥が天井に当たるんじゃないかと
そもそも、この壁の彫り込みはなぜ用意されたんでしょうね。
自動販売機がなくなると、どうするんだろうか。
スナップはやっぱり面白い。
感じたままにレンズを向けて、シャッターを落とす。
この贅沢な時間の使い方は、満足度が断然違う。
依頼され、撮るものでもないので、ある程度の常識枚数も考えなくていい。
一枚しか撮れないかもしれないし、気が付けば同じ場所で同じ写真を
何枚も何枚も満足するまで撮っている事もある。
「 楽しい 」 や 「 好き 」 又は 「 面白い 」を大切にし
これからもちょこちょこと、丁寧に撮りに行こうと思います。